号外 平和記念式典によせて
もうひと月以上過ぎましたが、知人から「8月6日の広島での平和祈念式典では、JOC会長・役員の出席、コメントが報道されていました。今後、全剣連として、そのような催しへの対処を考えておられるのでしょうか。」という質問が来ました。
「まったく、考えていませんでした」と返答すると、大爆笑!
全剣連としてコメントするなら、決まりどおりの言葉を紡ぐことになりましょうが、井蛙剣士ならば、次のようにコメントします、と返しました。
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広島市の平和公園にある原爆慰霊碑に「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」ということばが刻まれています。
「過ちを繰り返さない」という部分の主語は、一体誰なのか。実は、長く論争が行われてきたテーマです。
アメリカか日本か、それとも日米両国か。
ことし(2025年)5月に行われたG7広島サミット。平和公園の中心にある原爆慰霊碑には、各国の首脳が訪れて献花しました。広島市の松井市長は首脳たちに「碑文の内容は、世界平和の実現を祈る『ヒロシマの心』だ」と説明しました。ことしの原爆の日の平和宣言にもその内容を盛り込み、世界に核廃絶を訴えました。
たしかにそうですが、果たしてこの広島で犠牲となった方は戦死者ではありません。戦時国際法では非戦闘員を攻撃することは禁止されています。非戦闘員とは、軍隊に編入されていない国民全体を指し、広島の市民はすべて非戦闘員でした。
もともと戦争は軍と軍とが戦うものです。一般市民を巻き添えにしないよう軍服を着た者同士が銃火を交えるものです。
中国が南京事件を多数の非戦闘員である一般市民、捕虜、敗残兵を虐殺した「南京大虐殺」などと批難していますが、実際は便衣兵(軍服を着ない兵隊)が跳梁跋扈し、一般市民と見分けがつかず多くの市民が犠牲になった、というのは周知の事実です。
80年前、米国が行った原爆投下は、不可避的な一般市民の巻き添えではありません。
原爆投下は戦争行為ではなく、単なる民間人の「虐殺」です。東京大空襲ほか全国各地への空襲もしかりです。
多くのアメリカ人は、「原爆は戦争の早期終結に役立った」と思っているとのことです。
仮に百歩譲って、「日本人は悪い国民だから成敗した」であったとしても、大量虐殺の手段として原爆で殺すことはいかなる神仏の前でも許されるものではありません。
核廃絶を言うなら、投下国に「原爆を人体実験をした結果、これは人類が持っていけない悪魔の兵器であった」と世界に宣言させることから始まる、と思うのですが、無理でしょう。
剣道は、戦争遂行に協力した悪者とされ、日本国中で活動が禁止されるという憂き目に遭いました。あらぬ嫌疑であります。
当時はいまの『剣道の理念』というものは定まっていませんでしたが、その時からすでに多くの剣道人は、言葉になくても「剣の理法の修錬による人間形成の道」という修行道を実践していたのです。
剣技の修錬を積むことにより、相手との共感や自他同一の観念、思いやりや愛情を育ませる剣道の意義は大きく、現代では「交剣知愛」という言葉で言い表されています。
剣道はまさに「平和の道」なのです。
ですから心ある剣道専門家や愛好者は政府や軍部の思惑である剣道の「戦技活用」から、できるだけ距離を置こうとしていたと聞きます。
結局、7年間の剣道活動の空白期間をおくこととなりました。剣道人も戦争に翻弄された大きな被害者であったことを語り継いで参りましょう。
8月6日あるいは9日は、そのことを熱く語る日としたいと願うものです。
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いかがでしょう。
頓真