『剣窓』令和8年(2026)6月号
第7回 みちしるべ
武道振興大会
武道の無形文化遺産登録に向け
「武道振興大会」は、武道議員連盟、日本武道協議会、公益財団法人日本武道館の三団体により毎年3月に開催しています。本誌、本年4月号16ページ掲載。
この武道振興大会では、大会決議文(案)を、武道議員連盟副会長・理事長が読み上げ、万雷の拍手で承認され、森 英介衆議院議長に手渡されました。その決議文の内容は次のとおりです。特筆すべきは、今回の決議において初めて武道の無形文化遺産登録について言及されたことです。また、部活の地域展開についても今年初めて取り上げられました。
決 議
我が国は、明治維新以来、驚異的な勢いで国力を増し、世界有数の経済大国となった。しかし、昨今は国際情勢が厳しさを増し、価値観の多様化も相俟って、行動規範や善悪の基準が揺らぎ、明るい国家、社会の将来を見通すことは 難しくなっている。
このような中にあって、武技による心身の鍛錬を通じて人格を磨き、識見を高め、有為の人物を育成することを目的とする武道は、旺盛な活力と清新な気風の源泉として日本人の人格形成に少なからざる役割を果たしてきた。
我が国伝統の武道の普及奨励は、精神を高揚し、質実剛健の気風を育成するばかりでなく、国家・社会の発展に寄与し、広く世界の平和と福祉に貢献する人物を生み出すために必要不可欠である。これは、教育基本法に示される「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養う」という目的とも合致する。
よって、我々は武道のさらなる振興発展が図られるようここに左記事項の早期実現を強く要望する。
記
– 抜粋 –
一 日本の伝統文化である武道の無形文化遺産登録に向け、国内外の理解促進を図るため、武道の裾野の拡大とさらなる周知ができるよう支援を行うこと。
五 学校の運動部活動の地域展開において武道指導の充実が図られるよう、各地域での武道の指導体制を整備すること。武道指導者について継続的に多くの優れた人材を確保できるよう必要な支援、助成を行うこと。
日本武道館の運営システムについて
この武道振興大会の母体ともいえる「日本武道館」は、昭和39年(1964)に開催された先の東京オリンピックで正式種目となった柔道の試合会場として設立されました。
その東京オリンピックが終わった直後のことです。当時、世界で一世を風靡していたビートルズが来日して公演することとなりました。日本初のプロモーターといわれる永島達司は、日本で唯一ビートルズ公演に適しているのが「日本武道館」だと思い至りました。そこで武道館に問い合わせました。すると「何を考えているんだ。日本武道館は武道の殿堂である。そこで、外人のロックンローラーの公演なんかとんでもない」と、けんもほろろだったようです。
しかし永島プロモーターは諦めず、コネをたよりに当時の日本武道館館長の正力松太郎(事業家・政治家)と掛け合ってついに実現したとのことです。
おかげでビートルズ日本武道館コンサートが大成功を収めました。これを全世界のアーティストが聞きつけて日本武道館に注目が集まることになりました。
そしてこのコンサートがきっかけで、現在の日本武道館の運営スタイルができ上がったのです。あのとき「武道の殿堂」を貫いてビートルズの公演を断っていたら、日本武道館の経済的運営はかなり苦しいものになっていたでしょう。いまや日本武道館は日比谷音楽堂とともに「ロックの聖地」と称されています。
あのビートルズの公演をきっかけとして今の運営スタイルが確立し、音楽関係者に利用いただく一方で、武道大会等の会場として武道団体には低廉な利用料で貸し出すというビジネスモデルができたのです。
ビジネスモデルというより、日本武道館をコンサートなどに使うことについて「武道振興のため」という大義名分ができたともいえます。あのとき、正力館長の思慮にあったかどうか知るよしもありませんが、日本武道館はコンサートなどで得た利益を武道界に還元しているのです。
この内実を知ることになったのは、月刊『武道』(日本武道館発行)2023年6月号に掲載された、文化庁の都倉俊一長官(当時)と日本武道館の高村正彦館長の「特別対談」においてでした。