わたしが剣道をはじめたのは、中学校に入り剣道部に入部した昭和34年(1959年)のことです。当時子どもたちに人気絶頂であった「赤胴鈴之介」に触発されたといっていいでしょう。
若い人たちは「赤胴鈴之介」といってもピンとこないでしょう。ぜひインターネットで検索してみてください。
「赤胴鈴之介」の主題曲、「剣をとっては日本一に、夢は大きな少年剣士、親はいないが元気な笑顔、弱い人には味方する、オー頑張れ、すごいぞ僕らの仲間、赤胴鈴之助」の声高らかに剣道部の門を叩きました。
そのころの剣道は女性の存在は皆無に等しく、わたしが育った大阪府下の中学校でも、たった一人だけであったと記憶しています。その子の校名も名前も忘れてしまいましたが、たしか同じ学年で、がたいが大きく身長も体重もわたしより勝っていました。
当時大阪城の近くにあった大坂市中央体育館では、毎年夏休みに中学生を対象とした夏季剣道講習会が行われていました。その講習の最終日には段級審査があり、中学3年の時わたしは一級を受け、無事に合格しました。「無事」という言い方は変なようですが、中学3年で一級というと「見事」というほどの難関ではないし、「無難」というほど易しくはなかったので、やっぱり無事です。たしかその子は初段を受けており、男子と立合って豪快に打ち据えて、それこそ「見事」合格しました。
50年以上も昔の話ですが、その当時、女性がいそしむ武道は「なぎなた」といわれており、剣道を志す女性は、『土佐日記』ではありませんが、「男もすなる剣道というものを女もしてみんとてするなり」の意気込みであったろうと思われます。
現に当時の女性剣士は、「男勝り」という形容がぴったりの、勝ち気でしっかりしている人が多かったように思われます。相打ち、鍔ぜり合い、体当たりなど男に負けじと気丈に立ち向かう存在でした。これが女子剣道の萌芽期です。
当然そのころは男女の区分けがなく、稽古・試合・審査すべて男女一緒におこなっていました。年の流れにしたがって、しだいに女性の愛好者が増え、試合では「女子の部」が設けられるようになります。そして今日の興隆期を迎えるにいたります。今では試合は男女別が当たり前になりましたが、ふだんの稽古や審査においては男女一緒におこなっています。とくに高段の審査は、女性も堂々と男性と渡り合い、遜色なく六段、七段を取得する時代となりました。
が、最近になって高段を受審する女子にちょっとした変化が表れてきました。それは、いままでの「男勝り」から脱皮し、本来あるべき女子剣道への志向とでも申しましょうか、「端正」とか「優雅」、「洗練」といった言葉があてはまる剣づかいへの転換といったものが感じられるようになりました。
たとえば、か弱き女性であったなら、力強さを無理に出そうとはせず、か弱きままに端正に構え屈強な男性と対峙する。攻防にさいしては非理な力比べを避け、理に適わぬ相手の剛打に対して凜とした身ごなしで体をさばく。のれんに腕押しのごとく勢い余ってたたらを踏む、その事々しく振り向く巨漢の鼻面にぴたりと剣先をつける。仕切り直しても、中心軸はぶれず腰具え凛々しく涼やかに迎えうつ。こんどは、と、猛り立つ大男の打ち出しにも、自我に抑制をきかせつつ柔軟性をたたえた姿勢はゆるぎなく、懸待一致よろしく、起こり頭をのがさず、または居着きに乗じるといった、たおやかな立合です。
現に、身長差30cmもあろうかという大身の男性を相手に、このような描写がぴったりの立合ぶりで見事七段に合格された50歳代の女性の審査を目の当たりにし、まるで「柔能く剛を制す」の極意を見る思いでした。
総じて女性は男性に比して非力な分、理に聡いというか、理合を求める感覚が鋭いと言えるような気がします。また高段の審査を見るかぎり剣道着、袴、道具等の着装や礼法、立居振舞にいたるまで女性の方が端正、優雅、洗練の度合いが高いといえましょう。
今や女子の剣道人口は全体の三分の一に迫る勢いで増加しておりますが、これほど女子の愛好者が増えた要因は、「安全」であることが第一に上げられます。女性同士でおこなう他のスポーツと比較しても剣道は安全性が高いとのデーターもあります。
昔の剣道は、片手反面、スコップ突き、足がらみ、足払い、組み討ちなど荒々しい遣り取りが交わされていたようですが、現在においてはそれらは蛮行として遠ざけられ、今や完全に姿を消すこととなりました。
現代の剣道は、常に「生き死に」の問題と直結させながらも、時代の要請を受け入れ「安全」にいそしむことができる修業道として定着してきたといえます。これが今の時代に生きる剣道のあるべき姿ではないでしょうか。
剣道は、「安全」というキーワードで女性愛好者が増えました。「安全」「女性」とくれば、その延長線上にあるのは「平和」です。
「生き死に」に連結する「安全」、そして「女性」の参画が剣道の「平和原理」とするならば、わたしたちにはこぞってこれを世界中に広めなければならない使命があります。
わたしはいま新たに、「剣道平和原理主義」に生きる決意をいたしました。
これに関連する書を一冊紹介します。『残酷平和論』(著者:鴨志田恵一。発行所:三五館)で、「-人間は何をしでかすかわからない動物である-」という副題がついています。著者の鴨志田氏は、わたしの剣友で剣道教士七段、昭和18年(1943年)生まれ、東京大学から朝日新聞に入社し、ジャーナリストとして活躍されています。本書は女子剣道には言及していませんが、この平和論の脊柱として貫いているのが「理」であります。広く剣道を考える書としては最適であるとお勧めするしだいです。
つづく