その125 「入日本化」とは

 新型コロナウイルス感染症の世界規模での拡大は、感染確認から1年余り経た今も、まだまだ収束の気配は見えてきません。
 目下、新宿剣連の稽古も感染予防対策を徹底したうえ年齢別に区切って行われるなど、不自由を強いられた稽古環境にあります。

 剣連の事業についても軒並み延期・中止を余儀なくされ、なかなか皆さんと顔を合わす機会がなく淋しいかぎりです。
 わたしの方は、昨年7月15日に稽古再開となってから、何回か見学には参りましたが、一度も防具は付けておりません。
 もっぱら拙談号外「休館やむなし! たたみ一畳の修業」を実践しているところです。
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 またこの休止期間に、肩や肘や膝など長年の荒い稽古で蓄積した古傷を治したいと思っています。
 と申しましても、今年から後期高齢者の仲間入りです。
 よしんば古傷が治るにしてもペースを速める老化との追い駆けっこに終始することになるでしょう。
 
 ところで4月19日、日本相撲協会の第三者機関「大相撲の継承発展を考える有識者会議」委員長の山内昌之氏(東大名誉教授)が、大相撲の将来あるべき姿についての提言書を日本相撲協会の八角理事長(元横綱北勝海)に提出しました。

 横綱白鵬をターゲットにした「*一代年寄」の見直しが一番の論点かと思っていたのですが…
 そもそも日本相撲協会には、大相撲の「脱日本化」への危機感が根底にあるようです。

 有識者会議の議論の過程で「入(にゅう)日本化」という新語が生まれました。現在の外国出身力士が活躍する状況を「多国籍化」とし、日本の大相撲の伝統と慣習の受け入れを入日本化と表現しています。
 単に「日本化」とすれば「同化」と同じく、強制を伴うものと誤解されがちなので、頭に「入」を冠し柔らかい表現にしたようです。

 また、もう一つの理由は、現今の「国際化社会」において大相撲の多国籍化は、ややもすれば「国際化」に向かっているとの印象を与えがちです。
 国際化は即ちグローバルスタンダードに従うことを意味するので、あえて入日本化という表現を用いることとしたようです。

 全剣連では以前から国際化とは言わず「国際的普及」と呼ぶようにしています。その理由は、日本の伝統文化に培われた剣道を海外に普及させようという考えが根本にあるからです。

 また同提言書は「五輪競技として国際化の道へ進んだ柔道ではなく、日本の伝統文化として海外への普及を図った剣道と同じ方向性を大相撲は目指すべきだ」と、剣道を理想とすべく大いに持ち上げています。

 このことは、剣道が五輪種目入りをめざすならば、国際化、脱日本化の方向に進むことになる、ということを暗喩しています。

 東関部屋を創設したハワイ出身の元関脇高見山は、自己の指導理念をこのように述べています。
 「弟子にアメリカ人も日本人も関係ない。我慢と忍耐、義理と人情、大相撲社会の伝統と良さを伝えることが僕の恩返しだ」と。

 まさに、至言!
 我慢と忍耐、義理と人情、恩返しは、脱日本化も国際化も多国籍化も入日本化も国際的普及もぜんぶ超越した「真正面のグローバリズム」といえるのではないでしょうか。

 高見山は東関部屋に「十の心」の教えを掲げ、弟子たちに毎日唱和させたとのことです。
一、おはようという親愛の心
二、はいという素直な心
三、すみませんという反省の心
四、どうぞという謙譲の心
五、私がしますという奉仕の心
六、ありがとうという感謝の心
七、おかげさまでという謙虚な心
八、お疲れさんという労(いたわ)りの心
九、なにくそという忍耐の心
十、嘘をつくなという正直な心

 外国出身であるにもかかわらず高見山は、日本の肝を身をもって、みごと体現したといえましょう。

 提言書には「親方・師匠は我が国の風土・慣習などを理解していなけらばならず、日本という地に根を張って生きることが求められる」としています。
 これら有識者会議の提言の内容には、われわれ剣道人が求めるべきことと一脈通じるところがあるので、ぜひお目通しください。
 そのうえで、剣道のあるべき姿についてともに考えて参りましょう。
(『讀賣新聞』令和3年4月20日朝刊参照)
井蛙剣士 頓真

* 日本相撲協会が角界に大きな功績を残した力士に特典として与える本人一代限りの年寄の資格。現役時代の四股名(しこな)をそのまま年寄名とする。(『広辞苑』より)
 一代年寄は、名跡の弟子への継承が認められず、大相撲の伝統継承と矛盾すると、このたび有識者会議から提言があった。

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