その171 「剣の理法」の体現について③

その171

「剣の理法」の体現について③

 号外二つをはさみ前回は、基本理念「三本の柱」の二番目「ぶれない体軸と太刀筋」について申し上げました。

 基本理念
   一 利を追わず理にしたがう
   二 ぶれない体軸と太刀筋
   三 ひるまない身体と心

 今回は、三番目「ひるまない身体と心」について述べさせていただきます。
 剣談その一「一人ひとりが道を求め」では、次のように記しております。
http://shinjukukendo.blog105.fc2.com/blog-entry-1.html

 ≪「ひるまない身体と心」は、余計な説明はいらないと思います。竹刀を構え相(あい)対峙しての攻防にあたっては、色々な気持ちが交錯しますが、気がくじけたりおじけつかないように心身を鍛練しなければなりません。≫
と述べています。

 ここでいう「身体と心」は〝心身一如〟という言葉が示すように、「心」と「体」が常に一体であるという考えに基づいています。 
 剣を交え相手と対峙したときに、起こりがちなのが四戒「驚(きょう)懼(く)疑(ぎ)惑(わく)」といわれる精神状態です。

   「驚」は、予期しない相手の動作に驚き、心身が混乱する状態
   「懼」は、恐怖を感じ、精神活動が停滞する状態
   「疑」は、相手の行動に対して疑いの心が生じ、判断が鈍くなる状態
   「惑」は、精神が混乱し、迅速な判断や動作ができない状態
です。
 これら「四戒」の弊に陥ると自分の持てる実力が思うように発揮できません。
 これらの好ましくない精神状態をはねのけることを、ひと言で「ひるまない身体と心」と言い表しています。 

 頓真のいう「ひるまない身体と心」は決して、深奥な「境地」や「悟り」といったものを求めるものではありません。
 ここでいう「ひるまない身体と心」は、社会一般で使われている「危機管理」という言葉と意味が似通っています。

 「危機管理」は一般的に、自然災害や事故、事件などに備えて、あらゆる対処ができるように準備しておくことをいいます。具体的な方法としては、発生した危機に向き合い、危機によって起こり得る悪影響を可能な限り取り除き、早急に正常化に導くことです。

 日頃の稽古において相手の癖や得意技をいち早く察知する修錬を積むことが肝要です。立ち合ったなら、地力で叶わない相手には攻めや打突の動作を多方面から読みとり、間(時間的)と間合(距離的)の緊迫性と緩慢性を使い分け、主導権をいかに我が方を有利に導くかなど、工夫の余地は沢山あります。

 ですが、このような理屈はわかっていても、実際相手に対峙すれば、恐怖心や威圧感を覚え、気力が萎え、身がすくむものです。
 平常心を保つことが大切ですが、この場に及んで〝平常心〟〝平常心〟といくら心でとなえても平常心は訪れてきません。心を御すのは如何ともし難いものがあります。

 昔から「剣禅一致」と言われています。剣道と禅の究極の境地が同じであるという考え方で、「無念無想」の状態に達するという概念です。
 「無念無想」は、決して止まった鈍感な心の状態を意味するものではなく、また敏感に反応することを否定するものでもありません。

 心身の修錬をいくら積んだ剣士でも、いきなり背後から「わッ!」と脅されたら、ビックリします。座禅の修行を長年積んだ僧侶も然りです。しかし修行を積んだ士は、「ビックリしたなァ」で終わり。それによって周章(あわ)て狼狽(うろた)えなければよしです。

 皆さん、少し安心されたのではないでしょうか。どうか本番の立合においては、「修行の足りない自分は緊張して当たり前」と開き直り、自己に押しよせる〝緊張感〟を〝高揚感〟に置き換え、「楽しい」というプラスの感情をもって臨まれることをお薦めいたします。
つづく 

一覧へ戻る