昨年の10月初旬、北区赤羽の東京北医療クリニックで右肩の変形性関節症の人工関節置替術の手術を受け4ヶ月が経過しました。月に1回の診察と週1回のリハビリは、あと1ヶ月間続きます。今では力の入りはまだまだおぼつかないものの、ふつうの日常生活では差し障りなく行動できています。右手で吊り革を持って電車の揺れに身を任すこともできるようになりました。なるべく利き腕である右手を使うように心がけ、普段を取りもどしつつあります。軽い竹刀を持って素振りのまね事もできるようになりました。剣道の再開は4月以降となりましょう。
それはそうと、この度の入院に際し身長を測ったら、なんと5cmも低くなっていました。180cmあった身長が175cmしかありません。どうやら最近、袴が長くなったなぁ、と思っていたら、その反対、身長が縮んでいたのです。「六尺豊かの大男」と言われてたのですが、返上です。剣道を再開するにあたっては袴の裁断をしなければなりません。
身長だけではなく、年齢を重ねるということは筋力や身体の強さも衰え、視力はもとより聴力もあやしくなってきました。
この「老い」を意識するようになって読んだ本、人類学者の山極寿一氏が著した『老いの思考法』には、老いをポジティブにとらえる生き方が幾つか示されているのでご紹介いたします。
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≪老年期の楽しみ≫
私はつくづく、老年期の大きな楽しみの一つは、身体に眠っていた過去の記憶との再会なのではないかと思うのです。人生のなかでの幸福な出会いだったり、大切な原風景だったり……それがふとしたきっかけで新たな意味をおびて立ち現れてくる。それは老年期だけに許された〝過去との出会い直し〟ではないでしょうか。
≪弱さ≫
ときに身体の弱さは大きな創造性へと導く契機となります。
自分の体の弱さを知っている人のほうが、あまり無理をせず身体と付き合う知恵があるのだと思います。なまじ自分の体力に自信があると、やり過ぎてしまいますからね。
≪美しく老いなさい≫
現代社会では、老化を病気と同じように捉えている節があります。だんだん身体の機能が衰えていくのを一生懸命お医者さんにかかって「治そう」とするわけです。
これは考え方が間違っていて、生命にとって、老いは「治す」ものではなく、共存するものです。
老いを忌避するのではなく、人生後半戦において、いかに美しく老いるかを考えないといけない。
年をとって、ゆっくりと身体の機能が衰えていくことはいいことだ、あまり細かいことにこだわらずボケていくのもいいことだと、価値観を転換する必要がある。
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この「過去との出会い直し」「身体の弱さは大きな創造性へと導く契機となる」を楽しみとして、「老いは治すものではなく、共存するもの」とハラを据え、この老年を生きてまいります。この雌伏の時を「至福の時」といたしましょう。
ここ何年か、例年4月の第1日曜日に行われる東京剣道祭は、全剣連の剣道中央講習会と重なるため出場できていませんが、今年は5月、京都で開催される演武大会も出場を断念しました。
3月22日(日)、新宿区スポーツセンターで開催される城西五区親善剣道大会には応援にまいります。皆さんとお会いできるのを楽しみにしています。
このたび「井蛙剣談」グループLINEを立ち上げました。毎朝「一話」をお送りしています。ご興味のある方はぜひ参入ください。
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頓真
