すっかりご無沙汰してしまいました。雑事にかかずらっているうち、筆が遠のいてしまいました。
締め切りがないというのはまことに気楽なことですが、そのぶん間延びしがちとなってしまいます。話の脈絡が滞ってしまい申し訳ありません。自戒の念をこめ再び筆をとります。
前2回は、竹刀について述べました。「その四十一」では、大英博物館所蔵の竹刀を紹介し、幕末・明治期から昭和初期の竹刀と現在われわれが使っている竹刀とを見比べ、四つ割竹に柄革・中結・弦・先革を使っての仕組みは寸分変わっておらず、不易の価値をまもり続けていること。「その四十二」では、竹刀の長さについて、長竹刀の出現から三尺八寸の定寸化、そして三尺九寸に至った経緯について述べました。
ところで日々の稽古ですが、昔から「竹刀は日本刀と思ってつかえ」とか「打つとは斬るの意である」といった指導がよく行われています。
もちろん竹刀の原点は日本刀であるわけですから、刀の観念を脱しての剣道は成り立たないわけです。
かと言ってわれわれは日々の稽古において、決して人を斬り殺すための練習にいそしんでいるわけではありません。
今時の平和と安全を主調とする世の中において、軽々しく、竹刀=日本刀、を口にすることは避けねばなりませんが、いったいなぜ、「竹刀は日本刀」「打つとは斬るの意」との指導が行われているのでしょうか。
武道文化論の研究者である酒井利信氏(筑波大学大学院 人間総合科学研究科 准教授)は、その著書『刀剣の歴史と思想』(日本武道館刊行)で次のように述べています。
<我々は、単なる競技として以上の深い含みのあるものを実践しているという誇りをもちつつ、日々稽古をしている。我々が誇りに思うもののその正体を一言でいえば、文化性ということになろう。刀剣の思想は、剣道・武道の最も重要な文化性の一側面である。>
<刀剣の思想とは、端的に言えば、刀剣を単なる武器としてではなく神聖なものとして観念する思想である。>
また同著では、歴代の天皇が皇位の標識として受け継いできた三種の神器にまで言及し、
<天皇の位の象徴としての三種の神器に顕著にうかがわれ、特に中世以降の武家社会において武士集団の社会的立場を決定づける重要な役割を果たすようになる。
三種の神器のうち*草薙剣は、後に刀剣一般の神聖性を語る際に頻繁に引き合いに出されるようになり、この剣をひな形として刀剣が社会的ステータスを象徴するような思想が新しく形成されていったようなところがあるように思う。>
と述べています。
このように刀剣を神聖視する思想が根底にあるがゆえ、上記のような指導が普遍化してきたものと思われます。
大いに納得するところですが、ここで注意しなければならないのは、「心すべきこと」(「二十三」「二十四」)で述べましたが、戦技化、へのぶり返しです。
<武道の奨励が国策として掲げられ、戦争遂行のための中枢的存在に位置づけられ、剣道も次第に戦技化の道をたどり、実戦即応型剣道が提唱された>
と記しております。いま一度ごらんください。
歴史は繰り返される、まさに心すべきことであります。指導現場で何気なく発せられる、「竹刀は日本刀」「打つは斬るの意」の言葉に、いま一度用心する必要があると思われます。
全剣連の武安義光会長は、この、竹刀=日本刀、について強い懸念を示しておられます。
先般、6月6日に行われた**剣道八段研修会での会長講話、「現代剣道の成立とこれからの剣道」において、次のように述べておられます。
<日本刀の操法を原点としながら、竹刀剣道として独自のものが形成されたのは、日本人の知恵と先人の努力のおかげである。日本文化の所産であり、世界に誇り得る剣道を正しく伝承し、今後の社会の変化に対応して普及を図り、発展させ、日本人の資質向上と社会での役割を果たして行かねばならない。>
<日本刀と竹刀は形状、重さなどの他、自体の物的価値も違う。竹刀は剣道の体系のシステムの一要素である。一対一で対応させ、刀に拘るのは指導上問題がある。>
武安会長ご自身、先の大戦においてはインドネシア南方戦線に配属された軍歴をお持ちで、戦地では、軍刀として「2年間、日本刀と起居を共にした」とおっしゃっています。
その武安会長による臨場感あふれる講演の内容は、ことのほか説得力あるものでした。
そして武安会長は、日本刀と竹刀の関係について***「出藍の誉れ(青は藍より出でて、藍より青し)」を例にあげて、講演を締めくくられました。
この「出藍の誉れ」論は、今までややもすれば「日本刀優位、竹刀劣位」とされてきた関係に一石投じるものであります。
拙談「四十一」において、「竹刀こそ、剣の理法を修錬するこの上ない要具である」と申しましたが、武安会長の説と符合するものと、心強く思っているしだいです。つづく
*草薙剣(くさなぎのつるぎ)
記紀で、素戔嗚尊(すさのおのみこと)が退治した八岐大蛇(やまたのおろち)の尾から出たと伝える剣。日本武尊(やまとたけるのみこと)が東征の折、これで草を薙ぎ払ったところからの名とされるが、クサは臭、ナギは蛇の意で、原義は蛇の剣の意か。のち、熱田神宮に祀られたが、平氏滅亡に際し海に没したとされる。(『広辞苑』より)
** 主として昨年11月と本年5月の剣道八段合格者を対象としたもので、八段剣士に必要な教養と技術の修得を目的として行われる研修会である。
***出藍の誉れ
弟子がその師匠を越えてすぐれているという名声。(『広辞苑』より)