暑中お見舞い申し上げます。
新宿剣連の皆様方におかれましては、連日の猛暑にかかわらず、ご清祥にてご活躍のこととお慶び申し上げます。
さて、新宿剣連恒例の夏季講習が8月4日(日)、午後1時~午後4時、新宿スポーツセンター4階武道場において開催されました。
不肖真砂が講師を務め、講義、基本練習、試合、合同稽古の内容で進めました。皆様方の終始熱心な受講態度に助けられ、無事に執り行うことができました。
稽古後は、午後5時から暑気払い懇親会を「焼肉 しょうじろう」で行い、剣談に花を咲かせました。
その中で、講義内容のプリントがほしいという要望がありましたので、講義のメモ書きに若干修正を加えたものを作成しました。
これをもって、井蛙剣談「その四十五」とします。
まだしばらくは暑さが続くと思われますが、どうかご自愛専一のほどお祈り申し上げます。
剣道とオリンピック
2020年オリンピック東京招致に向け、イスタンブール・マドリードと熱戦がくり広げられている。
一方、野球・ソフトボール・レスリングがオリンピック種目への復帰を目指す。そんな中、もし2020年オリンピックが東京に決まったら、剣道はどのようなスタンスで臨むのか。
現在のところ剣道が競技種目になる話は全くない。
といって、剣道は決してオリンピックに背を向けているわけではない。全剣連が日本オリンピック委員会(JOC)に加盟していることは周知のとおり。
半世紀前の昭和39年(1964年)、東京オリンピックが開催された。新しく日本武道館が設立され、柔道は正式種目入りを果たした。
そのとき剣道は公開演武として参加した。当時多くの剣道人はオリンピックを志向していたと考えられる。
この東京オリンピックを機として剣道の国際化が推し進められ、昭和45年(1970年)に国際剣道連盟設立、同時に第1回世界剣道選手権大会が日本(東京と大阪)で実施される。
この前に、少々の経緯を説明する。
昭和20年(1945年)、太平洋戦争における日本の敗戦は、日本古来の剣道に壊滅的な打撃を与えた。剣道はGHQ(総司令部)から、国家主義、軍国主義に加担していたという理由で警察や学校で禁止されるなど著しく活動の制限を受ける。
そして実質約7年の空白期間を置くこととなる。
剣道が正式に復活するのは、昭和27年(1952年)、講和条約が発効した後のことである。独立回復と同時に剣道解禁、全剣連が設立される。しかし剣道の再出発は、武道色を抜き「完全純粋スポーツ」としてのものであった。
昭和30年(1955年)剣道は国体種目入りを果たす。やっと一人前のスポーツとして認められた。
その流れとして国際化、オリンピック志向となるのは当然のことであった。
一方、有識者や専門家筋から剣道が競技スポーツ化していくことへの警鐘が鳴らされる。
翌昭和46年、理念委員会発足し、3年間余りの討議を経て、昭和50年(1975年)「剣道の理念」が制定される。
剣道は剣の理法の修錬による人間形成の道である
その当時、「剣道は武道かスポーツか」の議論がかまびすしく交わされた。
この問題は、教育か競技かを焦点に、かなり真剣に行われた。
今考えると、「武道」か「スポーツ」かの二者択一に帰結を求めるから話がかみ合わない。剣道はその両面を有するものと初めから考えるべきであった、といえる。
また世界的視野で分類するならば、武道そのものが身体運動を伴うものである以上、スポーツの範疇に入らざるを得ない。
その上で、「一般競技スポーツ」と「武道」とは一線を画する必要がある。
話をオリンピックに戻す。
多くの競技種目は、オリンピック種目となるため、また種目であり続けるためには、国際オリンピック委員会(IOC)からのあらゆる要求に応じ、ルール変更も辞さない構え。
となると、剣道はオリンピック競技には不向きである、と言わざるを得ない。それは、有効打突の判定が難しい、ということに尽きる。
同じ剣技であるフェンシングを思い浮かべてほしい。フェンシングは騎士道精神に裏打ちされていた。しかし完全競技化を目指し、機械判定を導入したことによりオリンピック入りを果たすが、その代償として精神性を失うことになる。
西欧人の多くはフェンシングに失望した。そして彼らは日本の剣道にまだそれが残っていると考えた。剣道=武士道、と。
ガッツポーズについて。
われわれ剣道人からすればガッツポーズは、残心がなくまた敗者への配慮に欠ける行為として到底容認できるものではない。
しかし、一般競技スポーツであれば時にはそれも好ましく映るもの。
それは一般競技スポーツと剣道とは「競技観」に大きな隔たりががあるゆえ。
野球やサッカーやバスケットなど一般競技スポーツは、競技そのものが本番である。だから、勝ちは勝ち、負けは負け、でしかない。
いっぽう剣道は、先に命のやりとりの問題がある。勝敗はすなわち生死と考える。
であるから試合は、「仮に勝負を論ずるもの」とした。また試合の勝敗とは別に「本当はどっちが強い」とか、「勝負に勝って、剣道で負けた」あるいはその反対に「勝負に負けて、剣道で勝った」という話がまことしやかになされる世界である。
剣道での勝ちは、すなわち相手を死に至らしめること。よしんば勝ったとして、残心なく喜色を浮かべていると、いつ反撃に遭うかもしれない。また息の根を止めたとしても、ガッツポーズは敗者に対する配慮に欠けた行為として厳しく戒める。
誤審に対する選手の構えについて。
誤審は決して容認できるものではない。誤審があった審判員は、世から容赦なく「信用と権威の失墜」という鉄槌が下される。
一方、審判は師匠の位である。誤審で「負け」と判定された場合でも、負けた選手には反省点が必ず存在するもの。
よって、審判の判定は「聖断」と心得、謙虚な態度で厳粛に受け止めるべき。
そして、「人間は過ちを犯すものである」ことの受け入れ。また、「人間界は理不尽である」という受け止め。さらには、「勝ったことより負けたことの方が後々の人生勉強になった」という多くの先人たちの経験的法則に思いを致すこと。
その上で、選手も審判も、すべて試合の場は、「人間鍛錬のシステム」と心得るべし。
では、何が大切か。
それは、勝敗そのものより「勝ちぶり、負けぶり」を良くすること。
ぶり、あえて言うならば、良き「生き様」を示すことである。
つづく